2017年5月号 Vol.22 Diana 永遠のダイアナ

チャールズとダイアナの関係が悪化し、いさ かい事が絶えない事とは裏腹に、ダイアナは80 年代前半のマスコミの寵児になっていきました。 ファッション、ヘアスタイル、アクセサリー …ダイアナの身に着けるものを真似をする女性 が急増し、「ダイアナ・スタイル」という名のフ ァッションが欧州で流行してゆくのです。 彼女は「英国最大のカバーガール(表紙の女)」 と言われました。ダイアナを使えば雑誌の売り 上げが確実に伸びることを知った雑誌編集者た ちは、何かと彼女を表紙に載せようと必死でし た。このため以前にも増してカメラマンが彼女 のあとを追うようになります。ダイアナが何処 に行っても、望遠レンズを装着したカメラマン が待ち構えていたのです。 チャールズとダイアナ、どちらが人気がある かは明白でした。皇太子夫妻が歓迎する群衆の 間を進んでいった時、チャールズに「ダイアナ 妃に差し上げてください」と花束が渡されるこ とがしばしばありました。二人が並んで歩いて いくと、ダイアナ側の群衆が彼女と握手しよう と押し寄せたり、熱狂的に「ダイアナ、ダイアナ」 と叫び、チャールズ側の群衆が、がっかりした ような表情を見せるというような光景がたびた び繰り広げられたのです。 ダイアナの方が人気なのは歴然としていまし た。ただ、いつも群衆から歓迎されて育ったチ ャールズにしてみれば、この突然の変化が面白 いはずはありません。二人の関係がおかしくな ったことが世間に知られるようになったころ、 世間は圧倒的にダイアナの味方をしました。 とりわけ、1986年頃からダイアナが慈善活動 に目覚めると、彼女への共感が一層高まり始め たのです。ダイアナは子供や老人、身障者など 社会的弱者と接するとき、いつも暖かく対応し ました。病院、学校、老人施設などで彼女に声 をかけられた多くの人たちが、ダイアナの人柄 の暖かさや、人を引き付ける魅力を語っていま す。それはチャールズやエリザベス女王たちに 比べて、はるかにダイアナに際立った特質だっ たのです。 この自らの強みに気が付いたこと、慈善活動 がかくまで国民に受けたことからダイアナは突 然変身したのです。自分の好む慈善活動…特に エイズ救済と地雷除去を選んで、英国社会にお ける旗振り役になったのです。 エイズの子供を抱き、麻薬常用者のセンター で麻薬患者に触れ、ホスピスで死を間近にした 病人の手を取りました。その姿は大衆誌の紙面 を大きく飾ったのです。こうしてダイアナは確 実にマスメディアを自分の味方につけていきま した。 バッキンガム宮殿から王族として公式行事に 出席するようにとの要請があっても、それを拒 否して、ダイアナは自分の選んだ慈善活動だけ に力を入れていきました。その際、常にカメラ マンの前で行動することで、慈善活動のマスコ ット的存在になっていきます。その活動とは実 際には反エイズや地雷撤去などに自ら手に汗す ることではなく、現地を訪れて、写真を撮って もらうことが彼女の「活動」でした。 しかしそれが巨大な宣伝効果を生みだしてい ったのです。彼女が登場するだけで慈善活動に 募金が集まったし、人々がその活動に注目した からです。 こうしてダイアナは「世界的スター」への階 段を上って行ったのです。 P●INT DE VUE JAPON 83 Diana 永遠のダイアナ P●INT DE VUE JAPON 82 ダイアナ妃の慈善活 動

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